RESONANCE ~共鳴 (2015年12月)

先日、新宿から明治通りを原宿に向かって歩いていると、自転車に乗った初老の男性が猛スピードで、大声で怒鳴りながら通り過ぎて行った。通り過ぎる人たちに悪態を放ちながら。確か、以前にも見た光景だった。

TVのニュースなどでも、いい年をした大人が、歩行の邪魔だからと、通りすがりの乳母車の中の赤ちゃんの頭を叩いたり、選挙の投票日に、明らかに年上の選挙管理委員から「「御苦労さん」という少し横柄な(と本人が感じた)言葉にブチ切れて殴りつけたり、何が気にくわないのか、交差点で通りすがりのマタニティバッチを付けた妊婦に「偉そうにするな」と、わざわざ戻って来てまで文句を言ったり、なじみの銭湯では、いつも何かぶつぶつ文句を若い人に吐く不機嫌そうなお婆さん。周りを見渡すと、男も女も心に怒りを抱えている人が多い。年齢も様々だ。怒りは、周囲に対する嫌悪からはじまる。嫌悪が積み重なって、いつしか怒りになっていく。不本意な今の自分の現実が許せないのだろう。そしてそれを、誰かのせいにしてしまえたら、と怒りはぶつけやすい人に向かって行く。いくら怒っていても、プロレスラーみたいな人には何も言わない。全ては、原因と結果、入力と出力の世界。たとえそれが、どんな結果(現実)でも、結局は自分が創りだした結果なのではないかと、ふと立ち止まって受け止めることができるまで、怒りは何度でもでてくることになるだろう。